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主張と根拠をセットして思考する仕事術

元亀3年12月22日(西暦1573年1月25日)は三方ヶ原の戦いがおこなわ

れた日です。(静岡県浜松市東部での戦)

 


三方ヶ原の戦いでは、武田信玄軍が上洛するために徳川家康領内を素通りして

西進しようとするところを織田信長からの援軍とともに挑んだ結果、ボロボロ

にやられてしまい、徳川家康は死にそうな想いをしながら浜松城に敗走しまし

た。

 

 

その際に、家康が自分の情けない姿を今後の戒めのために描かせたと言われて

いるのが有名な「しかみ像」です。

 

しかし、最近になってそのしかみ像は家康が三方ヶ原の敗戦直後に絵師に

描かせたものではない、ということが明らかになったそうです。

 

そもそもその画が描かれたのは、江戸期になってからであるとのこと。

そうなると、しかみ像が描かれた背景は三方ヶ原の戦いとは何の関係もない、

ということになります。

 

現在、しかみ像を所蔵している徳川美術館の学芸員原氏の論文によれば、

しかみ像が三方ヶ原の戦いに関連しているとしたのは、昭和11年の

徳川美術館創設時に創設者の徳川義親氏がしかみ像を三方ヶ原の戦いに

大敗した際に家康が今後の戒めとして狩野探幽に描かせたものと紹介した

のが初めてとのこと。

 

その話は新聞にも取りあげられ、昔からそのように伝えられてきたかのよう

に世の中に広まり、いつの間にか事実として定着してしまったようです。

 

つまり、しかみ像が三方ヶ原の戦いの敗戦の戒めとして描かれたという話の

根拠は徳川義親氏が話したということ以外にないということになります。

 


ロジカルシンキングでは、相手に納得してもらう、理解してもらうためには、

自分の主張していること、提案していること、説明していることを支える根拠

を示すことが重要だと言っています。

 

根拠とは、事実やデータとそこから読み取れることや論拠という構成になって

います。

 

しかみ像の例では、「この画は三方ヶ原の戦いに大敗した家康がその戒めに自ら

そのみじめな姿を狩野探幽に描かせたものである。」という主張の根拠は、

「昭和11年の徳川美術館創設時の徳川義親氏がそのように説明したから」という

ことしかありません。

 

しかみ像の由来をさらに確かなものとするためには、現在の義親氏の話という

根拠からさらに別の事実、データを集めてその根拠を固めていく必要があります。

しかし、これまではそこまでの取り組みがなされないまま見過ごされてきたとい

うことです。

 

仕事をする上で何かを提案したり、説明する際には、それを支える根拠は何かを

常に意識しておく必要があります。また、その根拠は自分の主張を十分支えるこ

とができているかどうかについても自問自答しておくことも重要です。不十分で

あれば、他にどのような事実、データを集め、そこからどのようなことを導き出

せれば自分の主張に説得力がつくかを考えなければなりません。

 

そうした思考プロセスを踏んでおかないと、しかみ像の場合のように足元をすくわ

れることになるかもしれません。